2023年までは、大環状化合物(Macrocycle)にこだわって、さまざまな金属錯体や超分子、結晶を合成してきました。大環状化合物では、環を巻くことによって分子の動きが制限され、任意の立体配座を設計しやすいため、ユニークな超分子構造を構築できます。また、環の内部に分子を効果的に取り込むナノ空間を持つことから、得られる超分子構造に優れた分子認識・配列能を付与することができます。従って、大環状化合物から構成される超分子や結晶では、既存の材料の性能や選択性を超えた分子認識レセプターや触媒、センサーなどが実現できると考えられます。


例えば、ジオキシム分子と金属イオンを反応させると、ジオキシム同士のオキシム交換反応(メタセシス)が進行して、金属イオンを鋳型としたテトラアザ大環状配位子が形成します(Inorg. Chem. 2009, 48, 10093)。この配位子は、例えば銀イオンなどを一次元に配列することが可能です(Sensors 2013, 13, 5671)。

剛直な菱形環状骨格の内側に、2つのキレート配位部位を設けた大環状化合物を合成しました。その内孔では、熱力学的な要因に基づいて2つの金属イオンを選択的に配列できます(Inorg. Chem. 2012, 51, 1508)。また、銀イオンを二つ並べた内孔を使って、さまざまな芳香族化合物を多点Ag-π相互作用によって分子認識することが可能です(J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 17946)(Chem. Sci. 2019, 10, 7172)。加えて、環状骨格を光反応によって事後修飾することで、包接したゲストを放出することもできます(J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 5406)。
一方で、環状骨格の外周部に適切な側鎖を導入することにより、この大環状化合物を自己集合させることができ、その結果、さまざまな金属含有ナノファイバーを合成することも可能です(Chem. Asian J. 2013, 8, 1368)(Dalton Trans. 2020, 49, 13948)。


生体分子の持つ非対称性に惹かれて、いくつかの低対称・非対称な大環状化合物も独自に開発しました。例えば、天然アミノ酸と剛直な人工アミノ酸を組み合わせて、新たな大環状ペプチドを合成しました(Chem. Asian J. 2017, 12, 1087)。また、銅触媒を用いた新反応によって、非対称な発光性大環状化合物ベンズイミダゾール[3]アレーンを開発しました(Chem. Sci. 2018, 9, 7614)。さらに、キラル大環状金属錯体の二種のねじれ異性体を選択的に合成し、分子の”ねじれ度合い”によって、ねじれ反転速度を制御することにも成功しました(Nat. Commun. 2023, 14, 7868)。

また、ねじれた大環状パラジウム錯体の自己集合によって、多様な分子認識サイトを備えた一次元チャネルを持つ多孔性結晶Metal-macrocycle framework(MMF)を合成しました(J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 2461)。コア-シェル型のMMF結晶や、異なる細孔構造を持つMMFの開発も行っています(CrystEngComm 2020, 22, 1306)(Chem. Sci. 2016, 7, 2217)。MMFの構造や機能については、最近の総説にまとめましたので、興味があればご覧ください(Acc. Chem. Res. 2020, 53, 632)(日本結晶学会誌 2022, 64, 231)。
MMFの一次元チャネルでは、二種、三種の異なる化合物を同時に配列することや、糖やテルペン、アミノ酸、ペプチドなどのさまざまな化合物を位置選択的、ジアステレオ選択的に並べることができます(Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 8310)(Faraday Discuss. 2021, 225, 197)(Small 2021, 17, 2005803)。また、X線スナップショット撮影によって分子が並ぶ過程を可視化することも可能です(Nat. Chem. 2014, 6, 913)。
一次元チャネル内の分子認識サイトとパラジウムサイトを活用することで、MMFを選択的な反応場として応用することもできます。例えば、チャネル内のパラジウムサイトを光活性化することで、さまざまなオレフィン移動反応を触媒することができます(J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 16610)(Chem. Asian J. 2021, 16, 202)(Bull. Chem. Soc. Jpn. 2022, 95, 1303)。また、チャネル内に酸触媒を担持することで、サイズおよび基質特異的な触媒反応を設計することも可能です(Chem. Commun. 2016, 52, 7657)(Org. Chem. Front. 2021, 8, 4071)(Chem. Sci. 2022, 13, 8752)。さらにチャネル内だけでなく、結晶表面を活用して金平糖型の金ナノ粒子を形状選択的に合成しました(Dalton Trans. 2022, 51, 1318)。
このように、高い分子認識能や触媒能といった酵素のような機能を示す多孔性結晶MMFですが、最近、ナノチャネルの形がさながら酵素のように変形することを見出しました。チャネル内のある認識ポケットがアロステリックサイトとして機能し、ここに取り込まれるゲスト分子に応じて、ナノチャネルが縦・横に自在に変形します(Nat. Commun. 2023, 14, 4490)。このような機構と上述の触媒機能を組み合わせて活用できれば、まさに酵素のような触媒が設計できるかもしれません。


この他にも、典型的な大環状化合物であるシクロトリベラトリレンとポリオキソメタレートを組み合わせた多孔性結晶や、お椀型環状化合物であるコラニュレンの炭素-炭素切断反応、金属配位によってフォールディングする人工ペプチドの開発なども行ってきました(Chem. Asian J. 2012, 7, 1180)(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 5351)(Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 13123)。


このように、主に大環状化合物(Macrocycle)に注目して研究を進めてきました。期待通り進んだ研究もある一方で、予想外の結果から進展した研究の方が多かったですが、これも大環状化合物が持つポテンシャルの成せる技だったのかもしれません。研究において最初の目標はとても大事ですが、私はそれを完遂させることがあまり得意ではなく、出た結果に応じて面白いと思った方にどんどん転がっていく方が好きなので、そのせいでもあると思います。
ちなみに、大環状化合物には有名なものがたくさんあり、シクロデキストリンのような天然物から単離されたものから、カリックスアレーンやククルビツリルのように50-100年以上前に初めて合成されたもの、またピラーアレーンといった日本人研究者が2008年に開発したものまで多種多様です。なお、これらの大環状化合物の開発の経緯や歴史については、ごく簡単ですが2014年の総説にまとめましたので、興味があればご覧ください。こういった歴史に残る化合物を開発したいですね。